2021.09.04オーダースーツの歴史
スーツスタイルの原型ー衣服改革宣言
体毛を捨てた人類が衣類を着るようになり、最初は防寒や防暑という機能性を求めましたが、紀元前2400年のエジプトではすでに装飾性の高いビーズのネットドレスなどが着られていました。男性のファッションも様々な変化を遂げます。
今日はいっきにとんで、スーツの原型のお話をさせて頂きます。
諸説ありますが、スーツスタイルの原型は1666年10月7日の英国 国王チャールズ2世の「衣服改革宣言」によるといいます。
国王はいいます。
「余は、新しい衣装を一式採用することにした。この衣装はもう変えることはない。」
当時の男性の服装はシャツの上に、着丈が短くぴったりとしたダブレットと呼ばれる上着を着て、半ズボン(ブリーチズ)を履く「ダブレット+シャツ+ブリーチズ」スタイルが基本でした。カボチャパンツの王子様というところでしょうか。
形のよい脚を誇張するために半ズボンにつめものまでし、頭からつま先まで巨大なレース飾りやリボンをあしらったり刺繍を入れたりと、女性よりも華やかに着飾っていたといいます。男性は質の高い服をスタイリッシュに着こなすことが出世の大きな要素だったようです。
しかし、国王の宣言によって「コート(上着)+ズボン+ベスト+シャツ+タイ」というスリーピースのスタイルが生まれました。
大きなポイントはベスト。ウェストコートと呼ばれるベストは、着飾り過ぎた貴族たちに
「見えるところだけにお金をかけよ。」という倹約の教えでした。この宣言によって、華美であったレースやリボン、羽飾り、長髪のかつら、ハイヒール、メイクはどんどんそぎ落とされていきます。
国王が貴族に倹約を促した背景には、ペストの大流行やロンドンの大火事など災禍が続き、庶民から
「女道楽に耽溺する国王と貴族が着飾って集まる宮廷への天罰がくだったのだ。」という声があがりだした事にありました。
そこで貴族の衣服をすっきりとさせることによって、わかりやすく、宮廷改革をアピールしたのだと言われています。
こうして「衣服改革宣言」によって、紳士服の基本 ースリーピースがうまれました。
しかし倹約を奨励された貴族はベストを贅沢品として発展させていきました。